【アドラー心理学の根幹】承認欲求の否定
–世界はどこまでもシンプルであり、人は今日からでも幸せになれる–
前回の記事通りに、今回では「アドラー心理学」について書かれた『嫌われる勇気』の内容を少しご紹介しながら、日本人が持っている承認欲求を得て幸福感を得ることについて語っていきます。
そもそもアドラー心理学とは「どうやったら人生は幸せになるのか?」という問いに真直ぐに、かつシンプルに答えを提示している考え方です。
つまりホルモン分泌によってという身体の話ではなく、幸せになる考え方についての一つの“答え”と言っていいでしょう。
この『嫌われる勇気』では一人の青年とアドラー心理学の哲学者である哲人の対話形式となっています。
頭の固い青年がアドラー心理学に納得しておらず、哲人の元を何度も訪れてその度に論破されたりしながら勉強していくという内容です。面白いのでぜひ読んでみて下さい。
承認欲求は要らない
結論で言うと、アドラー心理学では
「人の悩みは対人関係」であり、そのためには
「承認欲求は捨てるべきだ」
と説いています。
ですが思い出して下さい。
日本人は「承認されること、安心すること」で幸福を感じると前回の記事で書きました。
じゃあどうすんのよ!!日本人どうすんのよ!!と思うでしょう。
それでは今からアドラー心理学がなぜ承認欲求を捨てるべきと言っているのか、を解説していきます。
人は誰しも他人ではなく自分の人生を生きている
「他者の期待を満たすために生きているのではない」と本書では哲学者である哲人は言っています。
例えば、親に言われるがままに偏差値の高い高校に入学し、有名大学を卒業。そして安定した公務員になりなさい!と言われればその通りに職に就く。それって幸せですか?
それが本人が心の底から願っていたことであれば問題はありません。しかし、どこかで親の敷いたレールに沿っただけの人生だったなぁと心に引っ掛かりが残ったままでは最終的に後悔することになりかねません。
つまり、他者からの承認を求め、他者からの評価ばかり気にしているとそれは他者の人生を生きることになってしまいます。
どうせなら一度きりの自分の人生、自分の思った通りに生きることの方が幸せだと思います。
人はもっと自由になるべきなのです。
課題の分離
以上のことを理解するためには「課題の分離」を知る必要があります。
小難しいような気がしますが、意外と簡単なことです。
要は
「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」を考えて
自分の課題と他者の課題を分離していくこと、なのです。
本書で出てくる例がありますので紹介します。
ことわざで「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」というものがあります。
この場合は
馬を水辺に連れていく→自分の課題
水を呑む→相手の課題
となります。
先ほどの親の教育の例えに当てはめると、何不自由なく生活と教育を受ける環境を与えるのが親の課題で、そこから何を勉強し、どう生きていくかは子どもの課題になります。
なのでああしろこうしろと言うのは、親が子どもの課題に手を出していることだと思うのです。
他者の課題を切り捨てよ
生きていると悩みは絶えないものです。そしてその悩みというのは全て対人関係だということもお話ししました。
そしてかなりの人はその全ての悩みに対して頭を抱え、解決策を見出そうとします。
ですがそれは無駄です。
馬を連れていくまでは「お散歩お散歩楽しいヒヒ〜ン♪」と考えてくれるかもしれません。
しかし、水辺について「オラ!水呑め!!」と無理やり頭を突っ込んだら「何するヒヒ〜ン💢」と信頼関係がブチ壊れます。馬が呑みたければ呑めばいいし、そうでないなら別に無理強いしなくてよくないですか?
「課題の分離」を理解している人は自分の課題にだけ集中します。それ以外は無視です。
これも例えばですが、頑張っても頑張っても評価をされない人、いませんか?
それで「もっと自分を評価してくれよ!」と嘆いて努力すらも止めてしまうパターン。勿体ないです。
だって努力するのは自分の課題ですが、評価するのは相手の課題ですから。
この場合自分がすべきなのは、より努力を続けることです。誠意を持って続ければ必ず報われます。
それでも評価を全くされなければ、どうすればいいのか具体策を考えてそれを実行すればいいのです。基本他人は洗脳とかしない限り変えられませんから。
嫌われる勇気
「わざわざ嫌われたいと願う人間など、どこにもいない」
この話から承認欲求を捨てるというこの章のまとめが始まります。
結論は、悩みから解き放たれ自由になるには他者から嫌われることであるとあります。
そう、本書の「嫌われる勇気」とはここのことを指しているのです。
詳しく解説すると、
承認欲求を満たすためには誰からも嫌われたくはない。
↓
しかし、全ての人から嫌われないようにするのは不可能だし、不自由な生き方だ。
↓
それなら人から嫌われてもいい、嫌われる勇気を持とう。ということです。
「他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。」
そう本書にもあります。
ここで重要なことは
“嫌われろ”ではなく“嫌われることを怖れるな”ということです。
悪さを働くのでもないし、開き直るのでもない。「課題の分離」を行い自分はするべきことをする。そして自分を好きになってくれるかは相手次第。たとえ嫌われてもそれは相手の感情だから手は出さない。
他者にどう思われるかよりも先に、自分がどうあるかを貫く。その先に自由があり幸福を手に入れられます。
長々となってしまいましたが、なかなか受け入れられないことも多かったと思います。
ゆっくりと頭の中で反芻して使えるところは使う、とそんな感じでご理解いただけたらと思います。
アドラーの理論だけあって真理をついているところも多く、その一方で日本人の脳科学的なことを持ち出すと全てが当てはまるのかは疑問です。
それでは次回はとある組織と組み合わせて考えてみますよー
(この組織に加入している方向け)